アングル:北朝鮮、制裁破りのスマホ事業 政権の収益源に
[ソウル 9月26日 ロイター] - 北朝鮮では、国内のスマートフォン需要の急増を背景に、国連による制裁をくぐり抜けた低価格の輸入ハードウェアを利用することで、体制側がかなりの収益を手中に収めている。脱北者・専門家への取材、また北朝鮮製スマートフォンの分析結果から判明した。
エコノミストらは、現在、北朝鮮の総人口の4分の1にも相当する600万人が携帯電話を所有していると推計。携帯電話は、多くの国民にとって重要な収入源のヤミ市場経済に参加するための必須ツールとなっている。
ロイターは、北朝鮮におけるモバイル機器の利用状況について、約10人の脱北者・専門家に取材した。あわせて、モバイル機器に関する北朝鮮国営メディアの報道や広告を検証し、北朝鮮ブランドのスマートフォン2台について分析を行った。
北朝鮮製スマートフォンを分析したところ、台湾製の半導体、中国製のバッテリーが使われており、基本ソフト(OS)としてグーグルが提供するオープンソースの「アンドロイド」が搭載されていた。
北朝鮮による兵器開発計画を理由として2017年に科された国連制裁では、携帯電話用ハードウェアの輸入が禁じられている。
北朝鮮の指導者である金正恩氏は、国営メディアが伝える公式の演説や携帯電話工場の視察を通じて、無線ネットワークや国内ブランドの携帯電話を推進している。ネットワーク構築については中国ファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)が支援しているとの報道もある。
<通信費は高額に>
専門家や脱北者によれば、北朝鮮の標準的な携帯電話は、国営ショップや民間市場で100ドル─400ドルで販売されているという。携帯通信事業者への加入手続きは、電気通信省直営の店舗で行われている。
携帯電話は通常、200分までの通話時間を含むサービスプラン込みで購入されている。北朝鮮で目にする携帯電話の広告によれば、プリペイドプランの料金は通話100分あたり約13ドルとなっている。
こうした料金は、他国の携帯電話ユーザーが負担している料金に比べて同等か高めだが、韓国政府のデータによれば、北朝鮮国民の平均月収は約100ドルで、韓国の約4%にすぎない。
アップルのiPhoneなどの国際的なブランドは公然とは販売されていないが、脱北者によれば、販売業者や富裕層は国外で購入し、国内用のSIMカードを挿入して使っているという。
北朝鮮製の携帯電話は国内の番号にしかかけられず、セキュリティの点でいくつか独自の仕様を備えている。
ファイルのダウンロードや転送は厳しく制限されている。「ピョンヤン2418」という機種では、「未確認のプログラム」をインストールしようとすると、「違法なプログラムをインストールすると、携帯電話が誤作動を起こす、あるいはデータが破壊される可能性があります」というポップアップ警告が出ることが分かった。
北朝鮮のスマートフォンを研究している韓国のソフトウェア専門家リー・ヤンファン氏は、「北朝鮮は国内の携帯電話に、データのコピーや転送を防ぐアルゴリズム、ソフトウェアを仕込んでいる」と話す。
地図やゲーム、英語辞書などのアプリを見ると、北朝鮮の技術者の手で国営企業や国立大学で開発されたもののようだ。
英国に本拠を置くサイバーセキュリティ企業ハッカーハウスによれば、金正恩体制は、携帯電話に搭載する国産の監視ツールを開発したという。
ユーザーが違法の、あるいは国家の承認を得ていないメディアにアクセスすると、警告が生成されて端末内部に保存される。ハッカーハウスによれば、改変された「アンドロイド」OSはユーザーの監視・追跡も行っているという。
北朝鮮の国連代表部にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
<ビジネスのツールとして>
だが、北朝鮮では1990年代の悲惨な食糧不足以来、グレーマーケット(灰色市場)経済が発達しており、そこでは携帯電話が重要な資産になっている。
チョイという姓の北朝鮮の若い女性は、2013年に携帯電話を購入するために家族が必要としていた1300元を稼ぐために、2頭の豚や中国から密輸した薬草を売った思い出を話してくれた。
彼女は、中国製の衣料品やシャンプーを販売する商売をうまく進めていくために、卸売業者からの納品の手配などに携帯電話を活用した。
「公式の給料よりも稼ぐ道があることが分かった」とチョイさんは言う。その後彼女は脱北者として韓国に逃れた。今も北朝鮮に残る親戚に報復が及ぶことを恐れて、フルネームは教えてくれなかった。
今年、携帯電話を使っていたという脱北者126人を対象に調査したところ、90%以上が「携帯電話によって日々の生活が改善された」、約半分が「商売のために使っていた」と答えた。
「携帯電話を使っている人は何百万人もいる。生計を立てるために必要な場合もあるし、豊かさを見せびらかすために使っている人もいる」と語るのは、上述の調査を行った韓国の脱北者支援団体、統一朝鮮機構でエグゼクティブ・ディレクターを務めるシン・ミニェオ氏。「そして、彼らの電話料金は政府にとって大きな収入を生んでいる」
韓国情報社会開発研究所のキム・ボンシク氏によれば、電話料金による政府の収入を推定することは難しいが、携帯電話事業の規模を考えれば、国家にとって最大の収入源の1つである可能性は高いという。
<制裁破り>
ロイターが検証した「ピョンヤン」ブランドのスマートフォン2機種は、台湾メディアテック製のチップを採用し、グーグル提供のOS「アンドロイド」、そして北朝鮮独自のセキュリティソフトが搭載されている。「アリラン」ブランドの端末の広告では、やはりメディアテック製のチップを使っているとアピールしている。
昨年製造されたスマートフォン「ピョンヤン2423」は、メディアテックの「MT6737」というチップセットを搭載し、SIMカード用スロット、メモリーカード用スロットを1つずつ備えている。シリアルナンバーから判断すると、メモリーカードの製造元は日本の東芝だ。
製品識別番号によれば、このスマートフォンは低価格スマートフォンのメーカーである中国企業ジオニーが製造したものだ。
グーグルによれば、「アンドロイド」はオープンソースであり、どんなハードウェアメーカーでも無料で使うことができる。したがって、北朝鮮のスマートフォンに関しても輸出規制への違反は生じていないという。メディアテックはロイター宛ての声明のなかで、北朝鮮に製品を輸出したことはなく、経済制裁を完全に遵守していると述べている。東芝も、北朝鮮との取引は一切ないと述べている。
ジオニーにもコメントを求めたが、今のところ回答は得られていない。
「北朝鮮が外国の部品やテクノロジー無しに携帯電話を作ることはできない」と研究者のキム氏は言う。「つまり、携帯電話事業を続けるために制裁違反をやっているという意味だ」
税関の公式データによれば、北朝鮮は2017年、中国から8200万ドル相当の携帯電話を輸入している。大豆油、繊維製品に次ぐ3番目に大きな輸入品目だ。
2018年の携帯電話輸入額は、経済制裁によりゼロになった。
だが専門家や脱北者によれば、制裁によって公式の輸入が根絶される一方で、中朝国境におけるヤミ貿易は続いているように思われるという。
元米情報機関当局者で北朝鮮について研究しているウィリアム・ブラウン氏は、携帯電話のハードウェア部品は「中朝国境において、非常に簡単に密輸されている」と話す。
ブラウン氏によれば、中間業者が入っているせいで、誰が制裁破りの当事者なのかわかりにくくなっている、という。
中国は北朝鮮にとって唯一ともいえる主要な同盟国だが、中国の携帯電話産業には、ほぼ無名のローカルなスマートフォン製造企業が多数含まれている。
中国の当局者に対する問い合わせは工業情報化部に転送されたが、回答は拒否された。中国は繰り返し国連制裁を遵守していると述べる一方で、北朝鮮との自称「通常の交易」については正当化している。
また、中国電気通信セクターの主要ブランドも、かつては北朝鮮への供給を行っていた。
米国のノーチラス・インスティチュート及び北朝鮮分析サイト「38ノース」によれば、中国の巨大テクノロジー企業ファーウェイは2006年、金正恩氏の父親である故・金正日氏による訪問を受けた後、3Gネットワーク設備を北朝鮮に供給していたという。
米商務省は2016年以来ファーウェイに対する調査を進めており、対北朝鮮制裁に関連して同社が輸出規制ルールに違反していないか検証しているとの情報もある。
ZTEは昨年、イラン及び北朝鮮に対する電気通信機器の出荷など、米国による制裁に違反したことについて、10億ドルの罰金を支払うことに同意している。
ロイターはファーウェイ、ZTEにコメントを求めたが、回答は得られなかった。
(翻訳:エァクレーレン)
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