テレビにACASチップを内蔵させようとしているNHK 徴収を催促されるように? NHK受信料「徴収督促チップ」が全テレビに!?
NHKが中心となる「新CAS協議会」は全受信機にACASチップを内蔵させようとしているが、これはユーザーにとって大問題だ(写真:YNS / PIXTA)
【2018年3月5日13時00分追記】本記事初出時の記事サブタイトルは『全受信機にACASチップを入れるのは不当だ』でしたが、4K/8Kに対応していない受信機にはACASチップが使用されないことを明確にするため、『全対応機にACASチップを入れるのは不当だ』に修正しました。
2018年は放送・映像機器いずれの業界にとっても大きなイベントとして、12月1日に「4K/8K実用放送の開始」が待ち構えている。ところが実用放送開始まで1年を切った現在も解決していない問題がある。
昨年7月にも記事「CASは4K/8Kになると"悪質化"する」で伝えた「CAS(コンディショナルアクセスシステム)」の問題が解決していないからだ。
CASとは契約状況に応じて放送視聴の可否を制御する仕組みで、有料放送の契約者識別に使用する。NHKの受信料納付を求めるメッセージ表示も、この仕組みを用いて実現している。現在使われているB-CASカードには、さらにコンテンツを保護する暗号化機能も有しているが、B-CASカードはすでに暗号化を破られていることもあり、4K/8Kにおける新しい仕組みとして有料放送事業者で組織した「新CAS協議会」が次世代のCASとしてACASチップを開発した。
問題はこのACASチップを全受信機へ“内蔵させる”ことを前提にしていることだ。なぜなら、ACASチップ内蔵の実効性が“NHK受信料の徴収”にしかないからである。加えて言及するならば、世界中、どこを探しても「CAS機能を内蔵するテレビ」は日本以外に存在しない。
受信料徴収を促すために、消費者のコスト負担や不利益を伴う機能をテレビに“必須要件”として入れることは、どう説明しても正当化できない。順を追って説明しよう。
“CASに関する議論”で必ず出てくるのが「4K/8Kコンテンツを適切な価格で調達するためにも著作権保護の観点からも、新たに強度を高めた暗号化の仕組みが必要」という話である。ACASチップの暗号化仕様に関しては、テレビメーカーなども参加する情報通信審議会で話し合って決められているのは事実だ。
しかし、“暗号化の仕組み”と“コンディショナルアクセス”が一体化している必要はない。つまりACASチップ(あるいはカード)がなくとも、暗号化は行うことができる。
たとえば日本以外の国に目を向けると、無料放送は暗号化が行われないことが普通だ(これはNHKとよく比較されるBBC〈英国放送協会〉も同じ)。唯一、暗号化されているのは韓国の4K放送だが、韓国の4K放送ではCASは採用されておらず、単純な暗号化(スクランブル)のみ。スクランブルのみであれば、テレビ用SoC(System on a Chip)に内蔵されるセキュリティ機能とソフトウエアによって組み込むことができるため、CASという仕組みは必要ない。
つまり、CASが必要な理由とは“契約の状態を確認することだけ”にほかならない。コンテンツ保護とコンディショナルアクセスを、あたかも一体化された切り離せないものであるかのような議論は、筆者が知るかぎり日本以外では行われていない。
もちろん、有料放送には必須だ。しかし最も多くの会員を持つWOWOWでも契約数は285万8023(2017年12月末時点)でしかない。全受信機にCASを内蔵させる経済合理性はない。契約者だけに契約情報を判別する装置を配布すればいいからだ。
唯一、CASをすべてのテレビチューナーに内蔵させることに対して経済合理性が成立するのは受信契約世帯数4300万以上、衛星契約だけでも2100万以上(2017年11月末時点)を抱えるNHKだけだ。
契約世帯と書いているが、テレビを保有する世帯はNHKとの契約が必要。実際の受信料を支払っている世帯は、そのうちの77%前後と見られる。この数字は英国の「TV Licence」制度における徴収率(2016年度で93〜94%)と比べても低い。NHKとしては、CASを用いて支払いメッセージを表示させることで徴収率を高めたいのだろう。
“公共放送に対するコストの公平な負担”を求めるためにCASは必要であるという大義名分も立ちそうだが、実際には「たいした負担ではないから内蔵させてもいいのでは」と見逃せるほど小さな問題ではない。
“チップ内蔵”になると、どのような不利益が消費者にもたらされるのだろうか。
ACASチップの内蔵が必須となれば、すべてのテレビやチューナー内蔵機器のメイン基板にACASチップが直接搭載されることになる。そのコストは受益者である有料放送事業者が負担すべき筋のものだが、現在の案では新CAS協議会が指定する半導体商社から必要なチップを購入し、メーカーが実装する必要がある。
これはCASが不要な利用者にとっては必要のないものだ(コンテンツ保護だけならば追加チップは不要)。
ではCASチップとそれを搭載するコストを有料放送事業者が負担すればいいだけなのだろうか?
実はこれも誤りだ。なぜなら、ACASチップの品質保証や故障時対応があるからである。ACASチップが故障したり、品質問題を出した場合、当然ながら“放送が受信できない”状態となる。しかし故障したテレビ、チューナー機器の中で、どの部分が故障しているのかを簡単に見分ける方法がない。
カード形式ならばカードを交換することで問題を切り分けることができるが、チップ搭載となれば基板ごと交換するしかない。その場合、一般的には預かり修理となる。ACAS搭載チューナーは現行の地上デジタル放送、BSデジタル放送の視聴にも利用するため、4K/8Kだけでなく全デジタル放送が修理期間中に受信できなくなってしまう。
修理保証期間内ならば、問題の切り分けを行えないためメーカーが無償修理することになろうが、保証期間を過ぎていると消費者負担となる。もちろん、それがACASチップに起因するかどうかはわからないのだが、基板交換などの高額修理を消費者が負担せねばならないケースは当然出てくるだろう。
ACASチップ内蔵を強要するということは、CASをシステムとして商品に一体化し、切り分けを不可能にする。その負担増が、果たしてどの程度になるかも推計できず、気づかぬうちにNHK受信料徴収のためのメッセージ表示コストを支払わされるのは問題があろう。
こうした事実を指摘したとしてもNHKは「公平な負担」という大義名分を振りかざすかもしれない。しかし、このような大げさなシステムでメッセージを表示させなければ受信料を回収できないという前提が誤っているのではないだろうか。
たとえば前述した英国のTV Licenceだが、その料金は税金として徴収されるのではなく、BBCが料金徴収代行を行って国庫に入れ、集まったライセンスフィーの配分を受ける仕組みになっている。
チューナーにCASなどの仕組みもない。不正発覚の場合、1000〜2000ポンドという高額の罰金が徴収されることも背景としてあるものの、BBCは機器の支援なしに93〜94%の支払い率を引き出している。さらにライセンス料徴収にかかるコストは全体の6%にすぎない。
徴収方法は実に簡単で、存在する住所ごとにライセンサーをひも付けたデータベースを管理し、保有していない住所の世帯に訪問調査と定期的なレター送付を行うだけだ。機器ではなく世帯で管理しているからこその手法だが、当然ながらNHKも世帯ごとの契約である点は同じである。
このライセンス料金を支払うことで、英国の視聴者は世帯ごとに15台までの機器で受信でき、放送のみならずiPlayerというアプリを通じてインターネットからストリーミング、ダウンロード視聴が可能。日本のNHKのように、将来はインターネットストリーミングで視聴する世帯から別途受信料を……といった議論も存在しない。
“ほかにも公共放送のためにCASを導入している国があるのでは?”という主張もあるかもしれない。そう考えてCAS内蔵テレビ、あるいは現行B-CASのようなカード式のCASを導入している国がないか?とテレビメーカーなどに尋ねてみたが、そうした仕組みを組み込んだテレビは日本以外で販売されていない。
なぜなら(繰り返しになるが)有料放送事業者は、事業者側の負担でCASに相当する仕組み(装置)を配布しているからだ。つまりテレビ本体に内蔵させる理由はない。
このような状況において、次世代デジタル放送を推進する立場であり、NHKの所轄官庁である総務省はどのように考えているのだろうか。実は昨年12月5日、総務委員会の質疑応答で「ACASチップ内蔵に関して利害のある消費者の意見を聞く場が必要ではないか」との質問が出た。
これに対する総務省の答えは「情報通信審議会でACASチップについて、オープンな手続きを経て秘密鍵を、暗号の強度を向上するという観点から技術標準を定めた」といった答弁がなされた。しかし、ここまでお読みの読者ならわかるように、そもそも暗号化とコンディショナルアクセスは別次元の議論だ。
また情報通信審議会でメーカーも参加して決められたのはACASの仕組みについてであり、それを(カードなどではなく)本体に内蔵することを必須とする取り決めではないことに留意する必要がある。
さらに言うならば、新CAS協議会の代表理事、事務局長、運営委員長はNHKの幹部・職員で固められている。これが放送法20条で規定されている、受信用機器や部品の事業に干渉してはならないという規定に(解釈次第では)違反しているとも考えられる。
昨年末の最高裁判断以降、NHKの受信料に関する議論が活発になっている。はたしてNHK受信料徴収を促すメッセージ表示だけのためにACASチップを内蔵する必要があるのかどうか。放送に関する技術仕様は一度決めれば簡単には変えられない。12月1日という期限をいったん頭の中から外して考え直してみるべきだろう。