海外で働く日本人クリエイターに聞く:欧米ゲーム開発シーンの変化って、実際どう感じますか?
国内外で、“ゲーム産業に大変革が訪れつつある”といった話を聞くようになって久しい。「時代はダウンロードだ」とか「時代はソーシャルだ」とか「時代はモバイルだ」とか「時代はインディーだ」とか「時代はクラウドだ」とか、まぁ集中砲火のようにいろんな方面から言われていて、どれが正しいのか、それとも全部正しいのかわからないけれども、GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)の行われるサンフランシスコでも、CEDECの行われる横浜でも、カナダのゲーム開発都市モントリオールでも、あるいは何かのインタビューの折にでもそんな話を聞く。
広告記者はもちろん各方面の動向は追っているんだけども、ぶっちゃけて言ってしまえば、ゲーマーとしてはオモシロいゲームが楽しめれば割となんでもいいし(そもそもPCゲーム出身なのでハードコアゲームが遊べれば環境はなんでもいい)、その手の話は「だからイケてるウチに投資してね」といった話とくっついていたりするので、それぞれを話半分に聞いている。 だが、そのものすごい各勢力のせめぎ合いのまっただ中にいる人は何を感じているのだろうか? しかも、あらゆる類いのベンチャー企業やハイテク企業が集まる、カリフォルニアのベイエリアで働いているような人は? 「次に何が来るのか」は確定していないけれども、今までになかったことが方々で起こっているのは間違いないのだ。 そこで本誌では、2004年に日本から渡米して現在リードゲームデザイナーを務めている菊地麻比古氏(Twitter ID:IDA_10)に、アメリカ西海岸のゲーム開発現場で感じていることなどについて「あくまで社外で見聞きした個人的見解ということであれば」と快諾頂き、話を聞いた。
世界中で赤い鳥を見る理由――モバイル/ソーシャル革命の真の意味
――以前から海外で働いている日本の方にお話を聞いてみたいと思っていたのですが、今年特にその思いが強くなったんですね。というのも、今年のGDCを見ていたら、ソーシャルやモバイルがもうメインの日程に普通に組み込まれてて、インディー(独立系開発会社/開発者)なんかもさらに元気が出てきていて、結構な大物たちが集まって「俺達そもそもインディーだったじゃん」なんて言い出している。実際海外で働いていて、その辺りの変化はどう感じていますか?菊地 大型タイトルの行き詰まりはずっと言われていましたが、2~3年前から不況という経済的なインパクトをきっかけに一気に動き始めた感じがありました。具体的には予算が軒並み絞られるようになって、よっぽど固く当てられるものじゃないと企画がなかなか通らなくなった。そうなってくると、もっと低予算で手軽に行く方法として、それこそインディーのゲームを買ってきちゃうとか、モバイルなら作れるじゃんとか、最初は安易な流れかもしれませんが、別の選択肢が活性化してくるんですよね。
――確かにそんな感じありましたね!菊地 そしてその頃、Zynga(※1)とかngmoco(※2)とか、とかに代表されるような、モバイルやソーシャルゲームの会社がGDCでセッションいくつも持つようになって、そのなかでめちゃくちゃ利益があがってるっていうのが明らかになって。それで、人もポロポロそっちに行き始めたんですね。僕の知り合いにも、今後を考えて「ここまでソーシャル/モバイルが来ているなら、そっちに行くしかないだろう」と移って行った人が結構います。
――あるクリエイターの現在の所属を調べてみると、今はソーシャルやってた、なんていうのはよく見かけますね。菊地 リチャード・ギャリオット(※3)なんかも作ってますし、『エイジ オブ エンパイア』(※4)を作っていたRTSの大御所たちがZyngaに行ったりとか、ゲームの最先端が必ずしもコンソール(家庭用ゲーム機)じゃなくなったというのを感じたのがその頃ですね。ジャンルによってはもちろん最先端なんだけども、RPGなんかはPCが強いし、ストラテジーゲームもCreative Assembly(※5)なんかはPCだし。RTSにしたって、『シヴィライゼーション』(※6)みたいに数時間どっぷり取られるのとはまた違う、もっとさっくり遊べるようなゲームのトレンドがソーシャルの方で始まったりとか。
※1 Facebookのソーシャルゲームで知られるメーカー。※2 スマートフォン向けゲームのメーカー。日本のディー・エヌ・エー傘下。※3 『ウルティマ』シリーズで知られる世界的ゲームクリエイター。※4 マイクロソフトから発売されているRTS(リアルタイムストラテジー)。主要シリーズを開発していたEnsemble Studiosは幾つかに分裂し、多くのスタッフがZynga傘下に加わっている。※5 『トータルウォー』シリーズなどで知られるデベロッパー(開発会社)。※6 あと1ターンだけと遊ぶ内に朝になっている、中毒性の高いストラテジーゲーム。
――最近は「これは何か新しいぞ」というゲームの情報までフォローしようとすると、コンソールとPCのパッケージソフトはもちろん、インディー、ソーシャル、モバイルも見てないと仕事にならないですね。菊地 モバイルのシンプルなゲームなんか特にそうですけど、最初は機能や表示が限られていてシンプルにせざるを得ないから、ゲームとして成立させるために、昔ゲームが大事にしていたような“直感的に触れる楽しさ”を押し出すんですよね。逆にコンソールは小回りが利かなくなってきていて、ちょっとそういう部分をないがしろにしていたところもあったと思うんです。世界観とかをすごい表現できるようになったから、そっちに時間を費やすようになっていて……でも最終的な詰めの部分は時間が足りずに出しちゃったりするんですけど。――えぇと、遊んでてたまに、そう感じるゲームに出くわします(笑)。菊地 そういう意味で、『Angry Birds』(※7)とか、触ってて何か面白い、何か楽しいからやっちゃうという、人間の本能に直接訴えかけるようなゲームがどんどん出てきましたよね。以前はモバイルのパワーが足りなかったり、タッチなんかも使いこなせてなかったりしましたけど、2年ぐらい前から“本当にタッチじゃないとできないゲーム”が増えてきた。触ってて気持ちがいい、脳天直撃なゲームはモバイルにかなり行っちゃったなと思ってました。
――すごいなと思うのは、『Angry Birds』の帽子とか、本当にサンフランシスコのそこら辺の道端で売ってるじゃないですか。菊地 はいはい、子供がTシャツ着てたりしますよね。――シンガポール取材でタクシー乗った時も、ゲーム全然やらなそうな運転手さんの前のダッシュボードに、やっぱり“あの鳥”がいるんですよ。これはすごいことだなと。あの赤い鳥に匹敵する広がりを見せたキャラクターって、そうそういないじゃないですか。菊地 新規IPであれぐらいキャラが立ったっていうのは、確かに記憶にないかもしれないですね。iPhoneとかモバイルのゲームが起こしたパラダイムシフト(価値観や考えなどの劇的な変化)って、家族にゲームが入ってきたということですね。――操作がシンプルな類のモバイルゲームなら、確かに据え置き機の複雑なゲームをやるにはまだ早い子でも遊べますね。菊地 ゲームは俺だけの楽しみ、または子供だけの楽しみだったのに、親の端末を貸してもらって『プラント VS ゾンビ』(※8)を遊ぶとか、親とのコミュニケーションが生まれるんですよ。ウチだと『Angry Birds』とか『Temple Run』(※9)とか。子供の方が俺よりうまいんですけどね。反射神経だともうどうやったって勝てないですよ、おっさんだから(笑)。俺に出来る仕返しって、子供が貯めたコインを一瞬でセクシーアバターに使ってやるぐらい。――ひ、ひどい(笑)。菊地 そういうのってコンソール(家庭用ゲーム機)ではなかった動きで、おもしろいですよね。親が子供のプレイを見てらんなくて「ちょっと貸してみな」って言い出すとか、“子供から老人まで”というのがすごい自然にどこでも見られる光景として実現している。以前は普通の家庭で親がゲームをやるってことはあんまりなかったハズなのに、知らない間に浸透してきている。
※7 鳥のキャラクターたちをパチンコで飛ばし、豚のキャラクターを倒していくスマートフォンゲーム。最新版は宇宙に進出した『Angry Birds Space』。※8 さまざまな機能を持つ植物ユニットを植えてゾンビを退けるタワーディフェンスゲーム。ブラウザゲーム、スマートフォンなど、マルチプラットフォームで展開されている。ちなみに記者は中国でパチもののアーケード版を発見。※9 タイミングよくスワイプ動作などを行うことで、遺跡を走り抜けるスマートフォンゲーム。
プレイヤーと作り手双方の“もうひとつの選択肢”としてのインディー
――ゲーム業界の人の流れもすごい変わってきていると思うんです。マイクロソフトとかグーグルとか、誰もが知っているような会社を辞めて、モバイルゲームを作る会社を立ち上げるとか(※10)、Tim SchaferのDouble Fine(※11)なんかはEAとかTHQからゲームを出していたけど、クラウドファンディングサービスのKickstarter(※12)でファンから直接出資してもらうとか。実感として、インディーへの人の流れってやっぱり多かったりしますか?菊地 10年ぐらい前と比較すると、明らかに増えていますね。その理由のひとつは、さっきも言ったような、確実に儲かるゲームにしか投資しないようになってきていることじゃないかと思います。超巨大タイトルかモバイルかという両極端になり始めていて、ちょっとアイデアが光るミドルクラスのタイトルは作りづらくなってきていると思うんですよね。そこで「俺は“自分のゲーム”を作りたいんだ」と、収入よりも自分の作りたいものを優先する人が、自分のスタジオを立ち上げるとか、そういうインディーのスタジオに引っ張られていくといった光景は確かによく見ます。 かつそれをサポートするように、iTunesのApp StoreやGoogle Playなんかが全世界にゲームを出せるプラットフォームになったし、Facebookでアプリ作るのもそうですよね。ミドルウェアやゲームエンジンといったツールも安く手に入るようになってきて、そういう流れをサポートする環境も生まれてきているという感じがします。 それに呼応しているかどうかはわかりませんが、お客さんの側も『コール オブ デューティ』とか『バトルフィールド』とか『Halo』みたいなAAA(※13)のタイトルだけじゃなくて、コンソールでも「『Limbo』(※14a)おもしろいじゃん」とか「『Braid』(※14b)いいね」っていう人が百万単位でいるのが普通になり、XBLAとかPSNとか、最初はダメだと言われていた市場が回るようになってきて、パブリッシャーの側も「じゃあウチもああいうインディーのタイトルを契約するか」となってきていますよね。『Shank』だったり『Outland』(※15)だったり。これからもその流れに参入する人は増えていくと思います。誰もが成功するわけじゃないですけど、「ここに通れる道あったぞ」という発見はあった。
※10 マイクロソフトを辞めたクリエイターの例は元小島プロダクションのライアン・ペイトン。自身のスタジオを立ち上げ、スマートフォンゲーム『Republique』を発表。Kickstarterで出資を募り、現在開発進行中。グーグルを辞めた例はスマートフォンゲーム『ねじ巻きナイト』で知られるクリエイター、クリス・プルエット氏。※11 GDCなどで絶大な人気を誇るティム・シェーファー率いるスタジオ。近作はヘビメタアクションゲーム『Brutal Legend』や、マトリョーシカ型パズルアクション『Stacking』など。「(パブリッシャーの手を借りず)自分たちでコントロールするには、もはや最近のゲームは大きすぎる」と宣言し、Kickstarterでアドベンチャーゲームを発表。出資を募ったところ、これが見事成功。これを受けて多くのプロジェクトが後に続くなど、今年前半のゲーム業界で大きな話題となった。※12 クリエイターが発表したプロジェクトに対して、一般のファンが出資することができるサービス。大概出資額に応じてゲームやおまけがついてくるが、予約購入ではなくあくまで出資なのがポイント。希望額が集まらないとキャンセルになるため、ファンが積極的に宣伝活動を行うといった光景もしばしば見られる。※13 トリプルエー。開発規模などがトップクラスのタイトル。※14 どちらも、最初Xbox LIVE アーケードで最初配信され、後にマルチプラットフォーム展開されたアーティスティックな2Dアクション。※15 いずれもインディーデベロッパーによるダウンロードタイトル。『Shank』はエレクトロニック・アーツ、『Outland』はUbisoftがパブリッシングしている。
――ちょっと前って、それこそ『Limbo』とか『Braid』みたいなインディーの2Dプラットフォーマー(※16)って、そんなにコアゲーマーがわざわざお金出して買うものでもなかったじゃないですか。もっとも、「フリーゲームの『Cave Story』(※17)ヤバい」みたいなことはあったわけですけども。でも完全に「アリ」になりましたよね。菊地 俺はカウンターカルチャーとして捉えてるんですよね。音楽でもなんでもそうだけど、ひとつの型がものすごい勢力を持つと、メインストリームはそのままだけど、何年か後に真反対のものが勃興してくる。『Limbo』が出てきた時には、たとえ世界大戦が起きてビルが大爆発しなくても「Awesome(スゲェ)」とか「ビューティフル」って言って評価できる土壌が出来てたんですよね。 はっきりは出てこないけど、何となく「もうシューター(※18)とか戦争ばっかりなのはいいよ」みたいな感覚は間違いなく開発者にもあったし、一ユーザーとしての自分も感じてたし、“Duty Calls”(※19)みたいなパロディがウケたのも、そういう時流をうまくつかんでいたからだと思います。
それと、これは個人的な事情ですけど、年齢が上がってきて、社会的な責任が増して、家族ができたりすると、そうそう20時間も30時間も同じゲームを出来なくなってくるわけですよ(笑)。そうすると、「え、『WET』ってメタクリ(※20)そんなに高くないけど、5時間でクリアできるならやろうかな」みたいな感覚も出てきちゃって。若い世代は、よっぽどエッジなものじゃない限り、やっぱり50時間遊べるようなゲームを率先して遊ぶと思うんですけど。お金はあるけど時間がもうない。でもリッチなゲーム体験をしたいとなれば何十時間も遊ぶヤツしかないのかっていう問題。会社もそうですよね。フルプライスのゲームを出したい、それなら何十時間も遊べなきゃいけない。でも誰もが食べきれるわけじゃないんですよ。2Dプラットフォーマーは「これなら俺も出来るかもな」っていう部分もありますよね。「まさか50時間かかんないだろ」って。
※16 台(プラットフォーム)の上を走ったりジャンプしたりする2Dスクロールアクションって書くと難しく感じるが、一番有名なゲームは『スーパーマリオブラザーズ』。※17 日本が誇るインディーゲーム『洞窟物語』。海外からの評価も非常に高く、フォロワーと思われるゲームも多く存在する。※18 この場合、FPS/TPSのこと。※19 『バレットストーム』のプロモーションのために作られたパロディゲーム。※20 各メディアのレビュー点数を平均化して提示するメタメディア。新作ゲームを買う際の参考にされることが多いため、絶大な影響力を誇る。
――「ゲーム業界のこれが変わる」、「あれが変わる」、っていろんな話を聞きますけど、意外と表面上は何も変わってないように見える中、確実にゲームにかけなきゃいけないコストは変化していると思うんです。まぁコストって大体が「やらないこと」の理由になるんですけど。最先端のリッチなゲームを満足に遊ぶには、ゲーム機やソフトを揃えるコスト、遊ぶコスト、ゲーム情報を追うコストとか、色んなコストがかかる。 「時間ならスゲーあるけどメタクリで80点以下だからこのゲームはやらないよ」とか、「Steamでセールされるまで/Gamestopに中古が並ぶまでやらないよ」とか、「金はあるけど、もう技量をイチから積んで何十時間も遊ぶのはいいや」とか、「ゲームは好きだし時間とお金もあるけど、手元にあるPC/スマートフォン/etcで何か暇つぶしできりゃ別にいいや」といったことはよく聞きますよね。「通勤時間で携帯ゲーム機のゲームだったら遊べる」なんてのも実はそう。 その点で言うと、クラウドゲームはネット回線と大規模なサーバー施設と引き換えに、結構色んなコストを減らす。よくある売り文句に従えば、ゲーム屋に行かなくていいし、ダウンロード完了を待たなくてもいいし、パッケージのフルプライスよりは多分安いし、高価な機材を揃えずに、すでに持ってるそこそこのPCとかタブレットとかで遊べることになってる。クラウドゲームについてはどうお考えですか?菊地 ちょうどiPodが出る前のMP3プレイヤーとイメージが重なります。ポテンシャルは十分なのに、まだ爆発的な普及という感じではなく、水面下でものすごいしのぎ合いをしてるイメージですね。OnLiveはLGやGoogleと組んだり、対応タイトルをどんどん増やして、iPadでも遊べるようにして。いろいろな報道がありますが、やはり存在感は大きい。GaikaiはSamsungやSCEと組んだりしたのも話題になりました。あとはつい先日スクウェア・エニックスが新しいビジネスモデルでクラウドゲームのサービスを立ち上げたばかりですし、未発売で成功の確率も未知数ながらKickstarterで860万ドルを集めてOnLiveと提携を発表したオープンプラットフォームゲーム機の“Ouya”も面白い存在です。 とはいえ、現状は他ハードからの移植タイトルがメインな上、ユーザー層が被っているのでわざわざクラウドでプレイしなくてもいいや、というのもあると思います。「うお、『Dear Esther』がきたよ!でももうPCでやったよ!」みたいな。まあ僕ですが(笑)。まじめな話、テレビへの組み込みがますます進んで一般層にリーチし始めたり、エクスクルーシブなタイトルがもっと配給され始めたりすれば、一気に普及する可能性もあると思っています。――サンフランシスコに住んでいるライターのジェイソン・ブルックスに話を聞いてみると、たとえば彼の家の回線が安定しないこととか、プロバイダーが今後転送量の制限を設けていく方針であることから、そういったことが障害になるんじゃないかと危惧していたんですが、その点はどうでしょう? まぁ、転送量制限が広がるとNetflixやHuluみたいなサービスとかもアウトになるわけですが。逆に、特定のサービスを転送量に含めなくなる有料オプションとかが出てくるかもしれませんけども……。菊地 僕が遊んでいるのはOnLiveのサーバーにさらに近い地区なせいか、時間帯にもよりますが、ペースがそこまで早くないゲームならストレスを感じるほどではありません。またOnLiveは回線が安定しないのを前提につくられているので、例えばプレイ中に通信速度が落ちると解像度を犠牲にしてフレームレートを保ったりとか、いろいろ工夫があります。ですが、もちろん、現状でパーフェクトというわけではないです。そういった問題点はクラウドゲーム全般に共通することですが、NVIDIAがシステムによるサポートを発表したり、技術的な発展もまだ見込めそうな予感があります。あとは長い目で見てシェアさえとれば、現在のミュージシャンがiPodで聞いたときに映えるようにミックスしたりするように、特定のジャンルではゲームの構造をクラウドに最適化していく流れが起きるのではないでしょうか。すべてのゲームがストリーミングに向いているわけでありませんが、少しの手間でクラウド配信もできるとなれば、やらない理由はあまりないと思います。 また、ネットワークプロバイダーの転送量の制限は一部ですでに始まっています。一ヶ月で250ギガまで定額で、超えると50ギガにつきいくら追加料金のような形ですね。しかし、これもまた動画のストリーミングサービスがより普及すれば改正せざるを得ないでしょう。実際、プロバイダー大手のComcastは過去にキャップを50G引き上げたりしていますし。
アメリカで考える、日本人/日本のゲームのアイデンティティ
――『FEZ』(※21)のフィル・フィッシュがGDCで「日本の(最近の)ゲームはよくねーよ」(※22)って言った時に――個人的にあれは、フィル・フィッシュが日本の8bit時代がメチャクチャ好きなことの裏返しじゃないかと思うんですが――すごい怒ってらっしゃいましたよね。あの時、日本からやってきて、アメリカでゲームを開発しているというご自身の経歴は、その感情にどれぐらい繋がっていましたか?菊地 結構関係していると思うんですよ。海外に来て「俺は日本人だ」と意識するようになったんです。日本にいた時は髪を茶色くしてたのに、アメリカに来てからは全然そうしたいと思わない。日本人の誰かが海外で活躍しているのを聞くとすごいうれしいですし、その感覚は日本にいる時はまったくなかったんです。愛国心のかけらも持ち合わせていないと思っていたんですが、アメリカに来て、特にここはカリフォルニアなんで、いろんな国の人達と会って、それぞれ自己主張している中で、強烈に日本人であることを意識するようになりました。 そこで、ああいうことを言われたらめちゃくちゃカッと来ますよ。その場にいたら物凄い言い返してると思います。主張しなかったらいないのと同じですから。日本にいたままだったら、ここまでじゃないかもとも思うんですが。「俺達もそう思ってるけどね」ぐらいだったかもしれない。確かに日本で働いている人からそういうことを聞くこともあるんですよね。「(海外に)勝てる要素が少なくなってきた」と。それで思うところもいろいろあって。 これはアメリカに来てわかったことのひとつでもあるんですが、基本的には勝ち負けじゃないんですよ。普通のゲーマーは、誰もゲームを国単位で見てない。スタジオとか作者とかフランチャイズ単位であって、「日本だから」とか気にしている人はいない。あくまで「ヴァニラウェアだから」という買い方だったり、「板垣さんだから」という注目の仕方なわけで。だから『ICO』と『ワンダと巨像』が評価されるのって、日本がどうこうじゃなくて、単純に作品が革新的ですばらしかったから「ウエダサン、最高!」ということになるんですよ。今の同僚たちも本当に心酔してますけど、全般的に“日本のゲーム”が好きかっていうと、そういう意識ではまったくなくて。そこが好きだからって萌えキャラも好きかって聞くと「それ何?」みたいな。 それを実感すれば、日本であることに引け目を感じる必要なんてまったくない。そりゃ、昔はすごかったというコンプレックス的な意識のされ方もされていますけど、“今”に関しては、日本だからいいとか悪いというのはないですよ。
※20 かわいいキャラクターゴメス君が冒険する2Dプラットフォーマーの一種。独特なのは、世界を90度ずつ平行に回転できること。長期間の開発を経て今年ついにリリースされた。その苦労っぷりはドキュメンタリー映画「Indie Game: The Movie」で見られる。※21 最近の日本のゲームについて聞かれ「Your games just suck」と答えたという問題。前述の映画についての講演での発言だった。本人は謝罪している。ちなみにGDCの直前に開発チームに画像請求などを行った際は、もろもろ追い込み中にも関わらず、丁寧に取材対応してくれたことを付記しておく。
――単純にいっぱい選択肢があるなかのひとつとして存在しているということでしょうか。菊地 そうですね。世界的に質が全体的に向上したので、コアユーザーじゃなかったら気付かないですよ。たとえば『デッドライジング2』を作ったのがカナダなんてことはわからないと思うし、気にしてるわけじゃない。ステロタイプな“日本的”というイメージは別にあるんですけど。パーティクル(粒子のエフェクト)がすごい飛んで、何か非現実的なことが起こるイメージ。それがすごい好きな人もいるし、合わない人もいる。そういう“日本らしい要素”という感覚はあるんですけど、マリオが日本だと意識している人なんていないと思うし、セガが日本の会社だということを知っている人が少ないぐらいなので。――やっぱりそういうものですか。菊地 セガって言った時に「え、本社は日本なの?」みたいな。国に囚われる必要はまったくないです。
――日本とアメリカでゲームを作って、違うなと思うところはありますか?菊地 いっぱいありますけど、ゲームの種類によるかとも思います。自分が日本で気持ちよかったのは、システマチックな部分ですね。個人的には、仕様書をかっちり作れば、ゲームが概ね出来たというような感じ。アメリカで最初困ったのは、言語化できない雰囲気とか世界観とかを重視して作ることがあるんですね。そういう時はもう俺が最初に仕様書書いてもどうにもならないですよ。その感覚の部分を証明するのは難しいから。アーティストとプログラマーと一緒に、まずここまでやろう、ここまで確認したらここまでやろうと作っていくしかない。日本でそういう作りかたをしたことはなかったし、楽しい部分でもありますね。
――いきなり話がずれて恐縮なんですが、世界観とかセンス的な部分だと、日本の独特な部分ってありますよね。それこそ『ベヨネッタ』の必殺技のあの感じなんて、たとえば『ゴッド・オブ・ウォー』を作ってる人からは多分永久に出てこないじゃないですか。菊地 まぁ難しいでしょうね(笑)。「日本、とくに東京のミクスチャー感覚はクールだよね」ってのは今でもちゃんと言われ てます。「普通ねぇよ」って組み合わせが何も問題なくできちゃって、合体してみるとかっこいい。そこは日本人の独特な引用の上手さだと思うんです。アメリ カ人の引用は戦争映画に即していたり、西部劇に即していたり、かなり保守的なんですよね。――海外のゲームの講演なんかを聞いていると「俺たちはこうやってこの世界を作ったぜ」って話の時に「『マッドマックス』とコレを足して」とか、映画の話がよく出てきますよね。先ほど出てきたような言語化できないような感覚的なものとはどう違うんでしょうか。菊地 それはゲームの大枠というか土台の部分の話ですね。多くのゲームは、「○○の世界でXXしたい」ってところから始まったりもしてるので。○○の部分を伝えるのに、映画はすごく便利ですよね。ゲームの表現は映画に近づいてますし、何よりアメリカ人の共通言語ですから。いまだに封切り映画だろうとアーリーバード(午前中の回)だったら大人6ドルですからね。ほんとみんなよく映画を観ます。 で、さっきの感覚的な作り方っていうのは、その土台の上でコンセプトアートを作ったり、時には実際にレベルを作る段階になって、「こんなんできたら超クールじゃね?」とか、「なんかいろいろいじってたらこんなんなったけどマジ最高にイケてない?」みたいなのをどんどん取り入れていくことです。たまに「え、キミたちやたら盛り上がってるけどそのクールって何?」って感じになってしまうんですけど、彼らが目を血走らせるくらいの時は、その場で理解できなくても、なるべくやらせるようにします。 エンジン上でガンガン作れるので、いちいち書類にして精査するより、じゃあつくってみてよ。っていうほうが早いしわかりやすい場合が多いんですよね。逆に、世界観に合わないとか、主人公の性格にそぐわなかったりすると、ゲームプレイのアイデアとしておもしろく聞こえても、あっさりボツにする場合もあります。そして、結果的にそういう細かいニュアンスの積み重ねが、いわゆる“洋ゲー”と言われるタイトルならではの体臭というか、雰囲気になって立ち上ってくるのかなぁと思います。
――ハリウッドから脚本家つれてきたりとか、最近は世界観の一部としてストーリーをすごい重視していると思うのですが、いかがですか?菊地 そこは言うまでもないレベルでみんな思っている部分ですね。逆にそこを重視しないゲームはパンクなんですよ。映画でもそうですけど、『バレットストーム』とかああいうゲームって、ストーリーを重視しないことでパンキッシュなノリが生まれてると思います。それと今は、ストーリーとサウンドに対する重視がものすごい。いい世界観があって、それに沿ったストーリーがあって、いい音楽が鳴ってれば、それはもう絶対におもしろいんだという、不思議なぐらいの自信がありますね。――映画的な感じがしますね。ゲームを遊んでても、「こういうFPSにしたいんだ」ってよりも、「こういう世界を食らわせたいんだ」という意思の方が強く感じることが多いんですよ。FPSとしての基本がフツーでも、世界とか体験が新しければそれは新しいんだという。逆にFPSは基本すぎて、あんまりゲームとしての根幹で奇をてらっちゃいけないのもあると思うんですけど。菊地 カリフォルニアってことが大きいのかもしれないですけど、映画から来た人が少なくないからかもしれないですね。プロデューサーやCG班もそう。なんか段々予算が大きくなってくると、これをつくって大丈夫だって頼りたくなる根拠が映画ぐらいしかなくなってくるんですよね。コンセプトアートがあって、それから膨らませていくとか、ストーリーボードがあって、そこからレベル(ステージ)を作っていくとか。大きい予算のタイトルだとゲームデザイナーが灰色の箱を使ってゼロから作る(※23)ってことはあんまりなくて、その前にコンセプトスケッチやストーリーボードがあって初めて始まる。これはエンターテインメントの中で映画以外に参考になるものがないからだと思うんですよ。――それはやっぱりハリウッドが一番お金を使っている、予算が大きなエンターテインメント産業だからですか?菊地 結果的に、いままでは比べ物にならなかったけど、規模感で近くなってきちゃったんですね。でも、当然ゲームならではの部分っていうのもあって、それがエンジンを使った素早いプロト制作だったり、テストプレイを繰り返してゲームプレイを洗練させる手法だったりするんだと思います。
※23 ゲームのコンセプトを固めるために、仮素材を放り込んであれこれ試したりする作業。
コアゲームはどこにいくのか予想
――AAAの開発費ってどんどん膨れ上がってきてますよね。で、もう次世代機なんて話もちらほら出てきている。そうするとますますミドルクラスのゲームってなくなっていくと思うのですが、今後どうなっていくと思いますか? バリバリ最先端で大規模なゲームを作れるところがどんどん減って行って、あとはダウンロードタイトルにして規模を小さくすることで適応するのかとか。菊地 一気に全部つくらずエピソード形式にしてリリースしていくとかですね。GDCなどで話を聞く限り、現世代機でもすでに開発費20億円ぐらいじゃAAAと呼べなくなってきているんですよね。ブロックバスタータイトルでその値段ならすごく安い。初代Gears of Warが2000万ドルで安く作った!って威張ってたくらいですから。そういった状況下でどうするかというと、涙ぐましい努力をして節約したりするんですよ。最近「うまいな!」と思ったのはカットシーンを動くコミックスタイルでカッコよく見せるようにしていた『inFAMOUS』(※24)ですね。あれだったら「モデルをアニメーションして背景つくってライティングして……」ってするよりずっと安くできる。もちろん、本当はそんなことないかもしれませんが(笑)。あとは商用のゲームエンジンを使うのもその一環だし、影はジャギジャギでもいいやと思い切っちゃうのも方法のひとつだし。それでもどんどん脱落していくわけで、その先どうなるかは……。 大手のスタジオにいる人なんかは、そのものすごい大きくなったAAAに組み込まれもすると思うんですよ。「次のプロジェクトはプログラマーとデザイナーがもっといるから入ってね、でもアートは外注するからレイオフね(※25)」みたいな流れを業界内でいくつか見ています。業界全体としては、やっぱりインディー勢がそのギャップを埋めていくんじゃないかって気はします。インディペンデントに出資者から予算つけてもらって作るとか、パブリッシャーに売り込むとか。大企業が内部にいくつもスタジオを持っていたのが、外に拡散していく流れはすでに起きていると思います。
※24 SCE傘下のSucker Punchが開発したオープンワールドアクション。※25 クビ。プロジェクトが一段落つくたびにレイオフがあったりするので、「じゃあクビ切られる前にインディーやるわ!」という人も出てくる。
――エンジンの話が出たのでちょっと話を変えますと、Crytek(※26)なんかは技術は本当にものすごくて、映像を見せられると「こんな絵を作れるのか!」と驚くんですけど、世界とかストーリーが比較的普通で、やっぱりそれをわかってて『Crysis 2』でシナリオライターを連れてきたりしてるんですよね。 そこに行くと同じエンジン屋さんでも、EPIC Games(※27)なんかはティム・スウィーニー(※28)みたいなプログラミングの大天才がエンジンを作ってる一方で、クリフ・ブレジンスキー(※29)みたいな“違い”を出せるセンスがある人が一緒にいるのがいいんじゃないかって気がするんです。『DOOM』(※30)とかにしても、もしジョン・カーマック(※31)の技術力だけならあそこまで成功していないと思うんですよ。ジョン・ロメロ(※32)みたいな、スパイスの塊のような人がいたからなんじゃないかって。菊地いまは表現できるレベルが上がったから、なおさらそういった部分の重要度は増してますね。そこのビジョンとかディレクションが欠けちゃうと、どうしても2流に転落してしまう。具体例は挙げないですけど、「あぁもったいない!」と思うことも多いですよ。 だけど、結局予算がないと、ゲームの最後までおもしろくしきれないってこともあるんですよね。世界観がイケテるから大丈夫というのは実はあまり根拠がなくて、ゲームの面白さを最後まで詰め切れた幸運なタイトルってあんまりないと言ってもいいと思いますよ。
――昔のブログを拝見させて頂いたのですが、「ゲームの表現のハードルはどんどん上がっていくけど、自分はかつて体験したような見たことのない表現を追求したいんだ」といった趣旨のことをおっしゃっていましたが、今はどうですか?菊地 昔は、「表現」という単語がそのままグラフィックのことをさしていたんですが、今は記憶に刻まれるような体験をつくりたいという意味になってきました。自分の子供に言葉や画だけでは伝えられない気持ちや感動を、ゲームの体験を通じて伝えたい。そう思っています。ゲームに限らずモノをつくったり、ブログを書いたりしてきて、そこがいまの自分のコアだと行き着いたので。 自分のゲームの原体験って、セガの大型筐体だったり、アーケードのグラフィックがすごいキレイなゲームで、クラスメートがファミコンをやっている中、「俺はゲーセンのゲームじゃな いと満足できないね!」っていってた孤独な小学生時代にあるんですよ(笑)。だから、そこに対する憧れ、その時代のトップなハード、上位機種でやりたいという思いはすごくありますが、今はさっきも言ったようにゲームの表現の最先端が様々なので、伝えたいものにあわせたプラットフォームを選べば良いと思っています。
※26 『クライシス』シリーズなどで知られるドイツのデベロッパー。CryEngineを販売している。※27 『アンリアル』シリーズ、『ギアーズ オブ ウォー』シリーズで知られるデベロッパー。販売しているのはもちろんUnreal Engine。※28 そのUnreal Engineの開発を主導している。今年のCEDECに来日して講演も行った。※29 『ギアーズ オブ ウォー』シリーズで知られるスタークリエイター。サインを頼むとどんな時でもふたつ返事でやってくれる、EPICの歩く広告塔でもある。※30 FPSの歴史を築いたid Softwareの伝説的タイトル。※31 id Softwareの技術を統括する一方、ロケット開発も進める超有名プログラマー。FPSの生みの親の一人。※32 id SoftwareのFPSの生みの親のもうひとりの超有名ゲームデザイナー。
――映画って、最初は「見たことのないものを見せる」、「行ったことのない場所に行ける」メディアだったじゃないですか。ボクはゲームもそんなところがあると思っていて。快感原則だけのゲームももちろんあって、それも悪くないんですけど。今でもそういうところはありますよね。「『マッドマックス』の世界行きたいだろ?」みたいな。そういう部分は残るんだろうなと思うんです。菊地 間違いなく残りますね。それに、そこにこそ大きな価値があると思うんですよ。表現とか解像度の上が見えてきたので、次世代機でそれがものすごいガラッと変わることもないだろうと。じゃあ何に意義があるのかというと、現実を忘れてしまうような不思議な気持ち、言葉にできない様な感覚を味わえるという部分じゃないかと。一番最近だと『Journey』。数時間遊んで終わった時に「俺は何をしていたんだ?」って思ったんですね。悪い意味じゃなくて。――感覚自体を説明できない。菊地 そう。今でももやもやしているんですよ。プレイヤーとして間違い無く楽しかったんだけど、なんか割り切れないし、どう言葉にしていいかわからない。近年こんな不思議な気持ちになったのっていつ以来なんだろうと。子供が生まれた時ぐらいじゃないかってぐらい不思議な感覚でしたね。ゲームの企画は「ひと言で説明できるわかりやすさが大事」って言われているんですけど、ゲームの表現の最先端は言語化できないところにあるんじゃないかと思います。 で、開発者としては、あれだけユニークなゲームを作り上げるのに3年もかけることができたという事実に、大きなゲーム会社が存在し続ける意義を再確認しました。thatgamecompanyはSCEの投資抜きでも『flOw』は作れたけど、『Flowery』が作れたかは怪しいと思うし、『Journey』は完全なインディペンデントのままでは難しかったと思います。――数年先を見るビジョンに対して投資できないと無理ですよね。菊地 そうですね。企業家相手のシビアな資金繰りをずっとやらなきゃいけない環境だと中々作れないゲームだと思います。KickStarterもホットなのは確かだし、「個人でお金集められるならそれでゲーム作ればいいじゃん」という流れも確かに感じるけど、長い目で見ると、大きい企業が育てるっていう、その規模がないとできないこともある。大きな会社じゃないと、3年は待ってくれないですよ。――今日は幅広い話を聞かせていただき、ありがとうございました。今後のご活躍を期待してます!(聞き手:編集部 ミル☆吉村)