バッテリーへの楽観論を疑え! エンジンをなくしてしまって、ホントにいいのですか?(その5)
エンジンなんてもう古い。時代はカーボンニュートラル。これからの自動車は電気だ──メディアだけでなく世の中の大勢はいまやこの方向だ。「電気は環境に優しい」と。しかし、現実問題として文明社会とICE(内燃エンジン)の関係は本当に切れるのか。断ち切っていいものなのか……。5回目は電動化に不可欠な2次電池=バッテリーを取り上げる。車載用の主力はLiB(リチウムイオン電池)だが、資源の調達、製造、そしてリサイクルという循環はどのようになっているのだろうか。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo) PHOTO◎Volkswagen
LiBからLi(リチウム)を資源回収することは、現状では採算性の点で困難だ
「LiBからLi(リチウム)を資源回収することは、現状では採算性の点で困難だ。バージン材のほうが安価であり、LiBにしたときの性能もいい。BEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)、PHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)向けなど車載2次電池用需要が増大しているが、リチウムは決して売り手市場ではない。また、正極材の高Ni(ニッケル)化によって需要が炭酸リチウムから水酸化リチウムへとシフトしている。事情は少しずつ複雑化している」
ある大手商社の鉱山担当はこう語る。2005年初頭に6000ドル/トンだったLi価格は2年半で2倍になったが、中国のLiBメーカーが国家の支援を得て価格攻勢に出たため事情が複雑化した。「あり得ない値段」でLiBを売り込み、価格相場を破壊した。「利益を出すには量で稼ぐしかない」になった。
リチウムの世界埋蔵量は約8500万トン(Li純分ベースでは1600万トン)であり、鉛とほぼ同等だ。希少というには豊富な量だが、他の資源と同様、一部の国に偏在している。チリが世界の6割弱を占め、残りが中国、オーストラリア、アルゼンチンなどに分散しているに過ぎない。
LiBを搭載するBEVで世界に先行した日本では、すでにLiBのリサイクルが行なわれている。ただし、乾式処理では高価なCo(コバルト)だけを回収し、Liはスラグ(金属かす)となる。Li/Co/Ni/Mn(マンガン)といったLiBに使われている金属のすべてを資源として回収する技術は、いまのところせいぜい実証実験段階であり、コスト削減は難しいと聞く。
ところが昨年12月、EU(欧州連合)委員会は新しいバッテリー規制案を公表した。そこには「有害物質の使用が制限された責任ある調達による材料の使用、リサイクル材料の最低含有量規定、カーボンフットプリント提出、性能と耐久性の表示、収集目標とリサイクル目標の達成……などが必須になる」と記されていた。
これはまだ規制案の段階だが、筆者が情報交換している在欧ジャーナリスト氏は「おそらく原案通り可決されるだろう。もはやEU委員会は、車両電動化については楽観論を語るしかない」という。「2024年7月1日からは、カーボンフットプリントが公表されたバッテリーしか出荷できなくなる可能性が高いだろう」と。これは製造段階で再生可能エネルギーをどれくらいの比率で使ったかを明示しなければならない規定で、いわゆるグリーントレードの指標にするという意味だ。
ちなみにスマートフォンやPC、タブレットなどの携帯用バッテリーについては、現在の45%である収集率を2025年には65%に、2030年には70%に引き上げる内容がEU委員会案には含まれている。車載バッテリーは全量回収が義務になる。回収して資源リサイクルしなければならないという縛りになる。
つい先日、VW(フォルクスワーゲン)は今後のバッテリー戦略を発表した。EU域内に年産240G(ギガ)Wh(ワットアワー)という膨大なLiB生産能力を確立することや、「安価なBEVにはコストの安いリン酸鉄系LiB」「中間グレードのLiBはMn系」「高性能BEVにはCoを含む3元系」というようにLiBを使い分けることなどが発表された。同時にLiBリサイクルのための実験プラントも稼働した。
VWが実用化をめざすLiB資源リサイクル方法は、バッテリーケースや配線などを取り外したあとでバッテリーのコア部分を粉砕・乾燥させ、磁力による「ろ過」でNi/Mn/Coを分別し、Liと樹脂類も回収するというものだ。これで「95%の資源回収が可能だ」と言う。
問題はコストだ。EUが新しいバッテリー規制を導入し、どこまでさかのぼってCO2排出(カーボン・フットプリント)を追うかにもよるが、原子力発電を使って「CO2排出ゼロ」と主張する道は残されるだろう。水力、風力、太陽光、潮力、地熱は言うにおよばず、だが、EUは原子力に関しては議論を避けている。原子力で発電コストを抑えているフランス、スウェーデン、水力利用で抑えているノルウェーは、これからLiB生産と資源リサイクルで台頭するように思う。
LiBを資源リサイクルする「乾燥」という工程では熱が使われる。これを再生エネルギーでまかなうとなるとリサイクル工場は自前でまかなわなければならない。果たして単位重量当たりのLiB処理にどれくらいの電力を消費するだろうか。ここは技術開発の余地があるものの、電力事情が大きくモノを言う。
ここをクリアしたとしても、こんどはリサイクル材の価格が問題になる。バージン材の相場に対してどの程度なのか、だ。同時に、リサイクル材を使うLiBの性能も問われる。高価で性能が劣るとなれば、バッテリー規制を強化して「EU域内で生産した素性の良いLiBだけを使う」ことを強制した場合、車載用LiBのコストはどうなるのか。EU委員会はリサイクル素材の含有パーセンテージをどう定めるだろうか。10%から始めて段階的に積み増し、2027年時点では30%を義務化するだろうか。
リサイクル目標は、BEV1台あたりのLiB搭載量の推移に影響を受ける。「急速充電スポット網を整備すれば大量のLiBを積む必要がなくなる。したがってBEV1台あたりのコストは下がる」との楽観的な見通しもある。しかし、急速充電は2次電池を劣化させる。「電池温度を上げなければ大丈夫。電池を冷却しながら充電すればいい」とエンジニアリング会社は言い、そのためのシステムを開発しているとアピールするが、冷却にも電力を使う。
人びとのクルマ選びはすべからく「オケージョナル」想定であり、つねに「もしかしたらこういうふうに使うかもしれない」である。BEVヘのLiB搭載量が増えている現も、これで説明できる。「長く走れるほうが便利」と、誰しもが思う。バッテリー需要はこれに左右される。
牧野 茂雄
1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産業界を取材してきた。中国やシンガポールなどの海外媒体にも寄稿。オーディオ誌「ステレオ時代」主筆とし...
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BEVが増えると、どれほどのリチウムが必要になるか?