「奨学金360万円」女性が“リボ地獄”に陥ったワケ
無知ゆえに、奨学金とリボ払いという、二重の返済に追われることになるが……(写真:maroke/GettyImages)
これまでの奨学金に関する報道は、極端に悲劇的な事例が取り上げられがちだった。たしかに返済を苦にして破産に至る人もいるが、お金という意味で言えば、「授業料の値上がり」「親側におしよせる、可処分所得の減少」「上がらない給料」など、他にもさまざまな要素が絡まっており、制度の是非を単体で論ずるのはなかなか難しい。また、「借りない」ことが常に最適解とは言えず、奨学金によって人生を好転させた人も少なからず存在している。
そこで、本連載では「奨学金を借りたことで、価値観や生き方に起きた変化」という観点で、幅広い当事者に取材。さまざまなライフストーリーを通じ、高校生たちが今後の人生の参考にできるような、リアルな事例を積み重ねていく。「昔は本当にバカだったんです。マネーリテラシーがなくて……」そう語るのは、神奈川県在住の鈴木美穂さん(仮名・32歳)。職業は保育士とのことで、Zoom越しに見える背景も、おそらく自宅ではなく保育園の一室。
20時を過ぎての取材だし、職場の人はもう帰っていないだろう。子どもたちがいたとしても、奨学金の話は聞いてもわからないか……などと筆者が若干気をもんだのはさておき、1時間の取材を通じて、美穂さんはずっと明るく、快活な口調だった。美穂さんの話は、マネーリテラシーの高い人からすれば、批判されがちな内容かもしれない。しかし一方で、少なくない人にとって学びのある内容と感じられるだろう。キーとなるのは「3つの無知」だ。
■遠距離通学が原因で奨学金本連載では珍しく、美穂さんが奨学金を借りることを決めたのは、高校在学中ではなく、大学生になってからだったという。「大学の学費は父が出してくれたのですが、家からとにかく遠くて、通学に片道2時間半かかりました。教職を取っていただけでなく、部活動をしていたのもあり、毎朝5時起き。それでも父は『通えない距離ではない』と言っていたんですが、話し合いの結果、『自分のお金でどうにかするんだったらいいよ』と言われたんです」
こうして毎月10万円を36カ月、合計360万円(すべて有利子の第2種)を借りることになった。しかし、念願の一人暮らしを前に浮かれてしまい、「借金だという感覚が持てなかった」美穂さんは、奨学金を借りる前に参加した説明会についてもこう振り返る。「リレー口座の説明がメインでした。『あなたたちが返すお金が次の人の奨学金になるんですよ』みたいな感じです。それもあって、どこか他人事のように感じてしまって、借金を360万も作ったっていう意識が、そのときは芽生えなかったんです」
ちなみにリレー口座とは「口座振替」の日本学生支援機構流の呼び方。HPによると「リレー口座とは、『あなたの返還金が後輩奨学生の奨学金としてリレーされる』という意味です」とのことである。このように返すべきお金という感覚が乏しいまま一人暮らしを始めた美穂さんだったが、1つ目の無知が彼女を追い詰める。それは「東京の家賃の高さ」だ。月々借りている奨学金が10万円なのに、家賃9万円のマンションを選んでしまったというのだ。
「初めての一人暮らしということもあって、父から『オートロックで、2階以上で、治安のいい街で……』などの条件が出されて、見つけられた部屋が9万円だったんです。大学がいわゆるお嬢様大学だったこともあって、周囲はお金持ちの子が多く、あまりボロいところには住みたくないというプライドもあったと思います。だから、生活費はほとんどバイトで稼ぐしかなくて、たしかに通学は楽になったものの、その時間がバイトに置き換わった感じでした。
でも、1限から6限まで授業に出て、部活もやっていたので、そもそもバイトもそんなにガッツリできず、稼げてもせいぜい月に4~5万円。結果、当時は酷い生活でした。とくに食費は切り詰めていて、バイト先がアイスクリーム屋さんだったんですけど、余ったコーンを食べて空腹を紛らわせていたこともあります」女性が一人暮らしするとなると、たしかに防犯は重要である。しかし、その結果、生活費が削られてしまうというのは、皮肉な話といえよう。
ただ、美穂さんはそれでも前向きに、明るく過ごしていたようだ。「部活に励んでいたので、普段はジャージで大学に行っても浮かなかったですね。お金で勝負してもしょうがないので、『あの子は部活でキャプテンやっているから、いつもジャージだよね』みたいなキャラでいました」■無知ゆえ「リボ払い」に手を出してしまい…しかし、その部活での人付き合いが、結果的に美穂さんを追い込むことになる。2つ目の無知である、クレジットカードの「リボ払い」に手を出してしまったのだ。
「普段は切り詰めていたんですが、私が部長をしていた部活では、練習後に夕食をしながらミーティングをすることがとても多かったんです。そうするうちに、『食事代をクレカで支払う⇒みんなから集めた現金は口座に入れる⇒集めた現金が先月分の引き落としに消える⇒食事代の支払い分のお金がない⇒新たにミーティングをしてお金を集める』……みたいな自転車操業になっていきました。そんなある日、財布を落としてしまい、カードも失くしてしまって。しかも、何回か返済を遅延したこともあったので、ブラックリストに入ってしまっていたのか、もう新規でカードが作れなくなってしまいました。結果、そのリボ払いの分と奨学金を返すだけの生活を、社会人2年目の途中まですることになりました」
華やかな女子大生でいることは、非常に困難なことではあったが、美穂さんは無事に4年間で大学を卒業。夢だった幼稚園の先生になる。しかし、前述したように、この間もリボの返済は終わっていない。金利分こそ払っていたものの、元金はあまり減っていなかった。■クレカ会社から恐怖の電報が…「幼稚園の先生として働き始めた頃は、手取り16万円でした。リボが払えず、そのまま放ったらかしにしていたら、『至急連絡ください』の一文だけの電報が届き始めて……」
決して贅沢をしていたわけではなかったが、今までどおりの生活をしていては、いつまでもリボの支払いを終えられないのは明らかだった。「そこで、『もらっているお金から、必要なお金を引いたお金が、使えるお金なんだ』とようやく気づいたんですよね」無知の3つ目は、「収支の感覚」だった。学生時代からずっと忙しい日々を送ってきたこともあってか、収入と支出のバランスを考える習慣が養われてこなかったのだ。「さすがに『これはヤバいかもしれない』と思って、元金を減らすために毎月3万円を返済することにしました。働き始めて半年後からは奨学金返済も開始。毎月1万7000円です。家賃や水道光熱費、スマホ代などを払うともういよいよお金がないので、食費を切り詰めるしかありませんでした。当時はすき家に通ってましたね。安くてお腹が膨れる牛丼ばかり食べていました」
2つの返済が重なったことで、美穂さんのマネーリテラシーも少しずつ向上していったわけだが、人生には予想外の試練が訪れるものだ。リボの返済もなんとか社会人2年目で終了したが、過労もあって社会人4年目で体調を崩してしまい、休職。肝心の、奨学金の返済ができなくなってしまったという。「計算したら休職手当だけではやっぱり、月々の返済ができないということがわかったんですね。それで、今までお金関係がぐちゃぐちゃだったので、手続きはしようと思って、学生支援機構に相談の電話をしたら『猶予申請ができますよ』と言われたので猶予を申請して、半年間、猶予してもらいました。
収入がないのに毎月引き落としがあるプレッシャーから開放されてホッとした一方、『待ってくれるなんて!』という気持ちでいっぱいでした。奨学金を借りたことに対しては、私は感謝の気持ちが大きいんですよ。奨学金を踏み倒すかもしれない、道を踏み外すことになるかもしれない……と思っていたので、救済制度があることを知ったときは本当にありがたいと思いましたね」その後、美穂さんは今も勤務する保育園に転職。奨学金の返済を続けている。
■奨学金・リボ返済を通じて「共働き」志向に奨学金×リボという、二重の返済で苦労したことで、結果的にマネーリテラシーを身につけることになった美穂さん。その後、結婚し、ふたりの子宝に恵まれるのだが、そこで金銭感覚だけでなく、人生観までも変化したことに気づいたようだ。「第一子の出産は切迫早産になってしまって、妊娠中も仕事を休んでいたのですが、その時に、自分の収入がなくなる重大さに気づいたんですね。自分が大学時代に一人暮らしをするために借りた資金を、自分の稼ぎで返せないという事実を突きつけられ、それがもうショックでショックで。
同時に、私の奨学金の返済を旦那の給料から賄うのは申し訳ないなと思いました。だって、まだ出会っていない時に私が借りたお金ですからね。そこから、急速に『稼ぎたいな』と思うようになりました。自分のやったことの後始末は、自分でしたかったんです」もともと子ども好きで、それが職業選択にも影響した美穂さん。最初に勤務した幼稚園が専業主婦が多いところだったこともあり、「自分もゆっくり子どもに関わりたいな」と、以前は専業主婦志望だったという。
「だから、共働きでいこうと思うようになったのは、ある意味、奨学金のおかげなんです。返済は42歳までですけど、共働きだとやれることが増えますし、その先も働くつもりです」ただ、自分の子どもたちに同じような経験をさせたいかと言うと、そういう気持ちはないようだ。「子どもたちには、奨学金は借りてほしくないな、とも思っちゃいますよね。する必要がある苦労だとは思わないですし、親がしてあげてもいいかなって。だから、今はコツコツと教育資金を貯めています」
奨学金やリボ返済を通じて美穂さんのマネーリテラシーが向上した結果、彼女の子どもたちは将来、奨学金を借りない側の人生を歩むことになるだろうか。本連載「奨学金借りたら人生こうなった」では、奨学金を返済している/返済した方からの体験談をお待ちしております。お申し込みはこちらのフォームよりお願いします。
最終更新:2/2(水) 8:52