半導体産業 人工衛星における次世代パワーデバイスの役割と期待 | その他 ニュース
宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究開発部門第一研究ユニット
主任研究開発員 岩佐 稔
商業衛星の筆頭である通信放送衛星では、衛星質量の半分を占める燃料の削減を目的に、各国で化学推進による軌道制御から電気推進への移行が進められている。市場における競争力向上には、ミッション機器の搭載率を上げることが重要であり、電化による大電力化に伴って増大した電源機器の小型軽量化が課題となっている。その解決には次世代パワーデバイスがカギを握っている。
■電源機器の小型軽量化 課題
人工衛星の機器構成は、大別すると、軌道上の運用において必要不可欠な基本共通機器(バス機器)、軌道制御のための燃料(推進剤)、観測装置や通信装置などのミッション機器の三つの要素があり、市場における競争力向上にはミッション機器の搭載率を上げることが重要視されている。商業衛星の筆頭である通信放送衛星では、各国で推進剤の削減を目的に、化学推進による軌道制御から電気推進(オール電化衛星)への移行が進められている。
米ボーイングは2015年3月に世界初となるオール電化衛星2機(ABS-3A、Eutelsat115WestB)の打ち上げに成功し、その後、16年6月に2機(ABS-2A、Eutelsat117WestB)、17年5月に1機(SES-15)が打ち上げられ、合計5機が軌道上で運用されている。また、仏エアバスは17年6月に1機(Eutelsat172B)を打ち上げ、同年10月にサービスが開始されており、独OHB、仏TASでも開発が行われている。JAXAにおいても技術試験衛星9号機として電気推進に大電力のホールスラスターを適用したオール電化衛星の開発を進めている。
図1に通信放送衛星の大半を占める静止軌道衛星の質量構成例を示す。図中の左側に化学推進衛星、右側に電気推進衛星を示しており、化学推進では推進剤が全体質量の半分以上を占めていることが分かる。
電気推進によって推進剤を5分の1程度に削減できる一方、大電力化に伴い、電源機器の質量が増加している。さらなるミッション機器の搭載率向上のためには、電源機器の小型軽量化が重要となっている。
オール電化衛星における主要な電源機器は、衛星全体の電力を制御する電力制御器(PCU=Power Control Unit)と電気推進電源装置(PPU=Power Processing Unit)である。図2に衛星の電源系構成図を示す。
PCUは太陽電池の出力安定化を行うとともにバッテリーへの充放電を制御する機能を有し、シャント回路、バッテリー充電回路(BCR)、バッテリー放電回路(BDR)で構成されている。このうち、BDRはバッテリー電圧(43-92ボルト)からバス電圧(100ボルト)に昇圧する回路であり、PCUに占める割合が大きくなっている。
そこでJAXAでは、BDRの小型軽量化のためにスイッチング周波数の高周波化を検討しており、窒化ガリウム電界効果トランジスタ(GaN-FET)を適用したメガヘルツスイッチング電源の試作評価を実施している。質量を従来から半減することを目標に進めているが、高周波化に伴う電磁妨害(EMI)ノイズの増加が確認されており、対策が必要である。宇宙用としては、パワーデバイスとともに高周波対応のドライブIC、インダクター、キャパシターの開発も必要である。
PPUはPCUとは別に推進系の電源装置として、複数の電源回路から構成されている。そのうち、アノード電源は電気推進におけるプラズマ加速用の高電圧昇圧回路であり、出力電圧はおおむね400ボルト以上がターゲットとなっている。アノード電源では、2次側の整流ダイオードが性能律速となっており、炭化ケイ素(SiC)ダイオードを適用した場合、小型軽量・低発熱化が期待できる。
■パワーデバイス 放射線耐性が重要
宇宙で使用するために最も重要な性能は信頼性である。通信放送衛星では、最近は15-20年の運用期間が要求されるようになってきており、この間、機器は無交換で動作し続けなければならない。特に、衛星全体の電力制御を担うPCUの故障は衛星の全損に波及する可能性があるため、高信頼性が要求される。
パワーデバイスで重要となるのが放射線耐性である。宇宙空間では電子や陽子、重粒子などさまざまな放射線粒子が飛び交っているため、これらの粒子がデバイスに入射されても故障しないようにする必要がある。
放射線による故障モードにはトータルドーズ効果(TID=Total Ionizing Dose)と呼ばれる入射した全放射線の累積効果によって生じる恒久的な損傷と、シングルイベント効果(SEE=Single-Event Effect)と呼ばれる1個の重粒子、陽子の入射によって、特性劣化や永久破壊に至る現象がある。
これまでの研究からSiCパワーデバイスは高電圧での放射線耐性(SEE)が低いことが判明している。放射線照射により、従来のSiは逆方向電圧の上昇に対して、あるポイントで一気に逆電流(リーク電流)が上昇するのに対し、図3に示すようにSiCは逆方向電圧の上昇とともに徐々にリーク電流が上昇し、規格を逸脱する事象が確認されている。放射線照射の影響はリーク電流の上昇が確認される段階で生じていると考えられるが、デバイスの定格値を逸脱するまでの状態において、定格内ではあるものの、デバイスとしての信頼性が保たれているかどうかの評価が必要である。
人工衛星における次世代パワーデバイスの適用例としては、GaN高電子移動度トランジスタ(HEMT)が14年5月に打ち上げられた「だいち2号」のSARアンテナの増幅回路に適用されている。従来のSi金属酸化膜半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)の機器に比べて、高出力かつ小型軽量化が実現され、災害時などの高精度地球観測の一役を担っている。
このデバイスはノーマリーオンの素子が適用されているが、電源機器への適用にはノーマリーオフかつ高耐圧が必要であり、現状、適用例は確認されていない。国際的な開発競争が激化しているオール電化衛星では、電源機器の高出力かつ小型軽量化が競争力向上における重要課題であり、これらの実現には、次世代パワーデバイスがカギを握っていると言っても過言ではない。
【好調さ持続する製造装置 今年の販売高、2兆3000億円見込む】
日本市場、20年に1兆円
日本半導体製造装置協会(SEAJ)は今月5日、2018-20年の半導体製造装置の需要予測を発表した。18年の日本製装置販売高は前年比12.7%増の2兆3027億円と予測。19年以降も堅調に推移するとして、19年2兆4176億円、20年2兆5385億円との見通しだ。
半導体消費はこれまでパソコンやスマートフォンなど特定製品の需要に依存していたが、動画配信などでデータ量が急増し、データセンター関連で大きく伸びている。19年にも開始される5G通信やIoT、AI/ディープラーニング、自動運転の本格化などで、データ量がさらに増え、半導体の需要は「重層的な広がり」を見せ始めている。
世界半導体市場統計(WSTS)の18年春季予測では、世界半導体市場について17年の前年比21.6%増に続き、18年も12.4%増と2年連続の2ケタ成長を見込んでいる。ここではメモリー単価の上昇が販売高の増加に大きく寄与している。今後は本来の健全な成長軌道に戻り、19年は4.4%増と安定成長に移行するとしている。
設備投資については、17年は大手ロジックメーカーと3D-NAND向けを中心としたメモリーメーカーの積極投資により市場が拡大した。18年も大手ロジックメーカーとファウンドリーの投資は堅調で、メモリーメーカーは3D-NANDからDRAMに投資の重心を移行する形で大型投資を持続する。19年以降は、中国地場メーカーによる大規模投資が本格化し、継続的な拡大が見込まれる。
このようなデバイス市場、設備投資の動向を背景に、SEAJは半導体製造装置について、日本製装置販売高と、日本市場販売高について次のような予測を取りまとめた。
日本製装置販売高について、18年は3D-NANDからDRAMに投資の重心が移行する形で、メモリーメーカーの大型投資が継続するため、前年比12.7%増の2兆3027億円と見込む。19年もメモリーメーカーの投資持続とファウンドリーの投資増加を見込み同5.0%増の2兆4176億円、20年も引き続き装置需要の広がりを期待して同5.0%増の2兆5385億円と予測した。
また日本市場販売高について、18年は3D-NANDやDRAM、イメージセンサー向けに高水準な投資が期待され、前年比14.5%増の9314億円と見込んだ。19年もそれぞれ継続的な投資計画が示唆されていることから同4.0%増の9683億円、20年も各社の積極的な投資姿勢が続く期待から4.0%増の1兆71億円としている。日本市場が1兆円を超えるとすれば、07年以来のことになる。