「格安SIM」はなぜ安いのか?:MVNOの深イイ話
前々回に引き続き、MVNOのことを皆さんにご紹介します。今回のテーマは「MVNOはなぜ安いのか」。そこにスポットを当てて、「格安SIM」「格安スマホ」とも呼ばれるMVNOのビジネスモデルをご説明したいと思います。
なお、MVNOはもしかすると多くの人にとって「格安」であるかもしれないけれど、皆さんのスマホの使い方によっては必ずしも安くないケースがあります。特に当てはまるのが「音声通話を多く利用する人」ですが、ここでは個別のお客様についての分析ではなく、そのマーケティング戦略にスポットを当てたいと思います。
お客様のスマホの利用用途で格安SIMが通信費の値下げになるかどうかは、各MVNOの相談窓口(電話、Twitterなど)にお尋ねになるなどして、事前に十分な情報収集をされるとよいでしょう。
「MVNOの深イイ話」バックナンバーなぜMVNOは安いのか? という質問には答えがたくさんあります。そして、その中で最も重要なことは、MVNO自身が、料金を下げるマーケティング戦略を採用したから、ということです。
MVNOが本格的に参入する前の日本の携帯電話市場は、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクを中心とした既存携帯電話会社による競争が行われていました。この3社は、世界でも特筆すべき、非常に高い品質のサービスを提供していると思います(海外に行くと、日本の携帯電話サービスがいかに高品質であるかを痛感します)。
日本の携帯キャリアは、新しい通信技術の導入や通信の高速化にいち早く取り組んでいるここで指摘したいのは、日本における携帯電話会社間の競争が、価格面ではなく品質を高める方向性にあったということです。世界に先駆けた3Gや4Gによる通信の高速化、VoLTEによる高音質通話、非常に高いエリアカバー率――。こういった非常に高い品質と引き替えに、価格の面では非常に硬直的な状況が続いていました。2012年ごろから徐々にブレークしたMVNOが、市場における後発プレーヤーとして突くべき先行プレーヤーの「隙」は、まさにここだったといえると思います。
ちょっとした思考実験としてであれば、MVNOがより品質を高め、キャリアを超える高価格・高品質路線を進むことも考えられないことではありません。ただ、高価格・高品質戦略を3大携帯電話会社が取っている中、はるかに小さい規模かつ後発のMVNOが自ら生存するスペースを作っていくには、価格を主軸に置いた競争を仕掛けた戦略は自然なものだったと思います。
当然、低価格戦略を実行するためには十分にコストを削減していくことが求められます。その中で最も重要なのは、営業コストや広告コストの低減といえるでしょう。多くのMVNOはWebで集客をしたり、契約をWebで行ったりという「通販型」のスタイルとなっています。これは営業コストを下げるという点で非常に効果的でした。このあたりは、通販型保険やネット証券などの新規参入と近いものがあると思います。
反面、3大携帯電話会社の営業拠点である携帯電話ショップは、単なる営業拠点であるだけでなく、スマホの使い方が分からない利用者を助ける拠点でもあり、料金プランの変更といった手続きや端末故障時の相談窓口としての機能も果たしています。
最近、いくつかのMVNOは、家電量販店やスーパー、中古携帯販売店と組んで実店舗での営業活動に乗り出し始めました。コストを削減しつつ、いかに利用者の満足度を高めていくか、その二律背反をまさに今MVNOは問われているともいえます。
ビックカメラでIIJmioのSIMカードを販売している「BIC SIM」(写真=左)や、楽天モバイルのように専門店を設けているMVNOもある(写真=右)次は端末です。MVNOは、端末の流通販売をメーカーや家電量販店に頼ったり、端末メーカーが日本向けに販売するSIMロックフリー端末をそのまま採用したりするなど、開発や流通、在庫にかかるコストを圧縮するための戦略を取っているところが非常に多いです。ガラケーの時代は携帯電話端末の開発は携帯電話会社のサービス開発と表裏一体でしたが、スマートフォンの時代になり、コモディティ化していく端末を活用する選択肢が、低価格というMVNOの戦略を支えているといえます。
もう1つ、避けて通れない話題が通信品質の問題です。MVNOによっては混雑時の通信品質低下が問題となっており、特に日中時間帯、夜間時間帯などで、利用者の方からクレームをいただくこともあります(※)。
アイティメディア社内(会議室)で、9月29日12時30分〜12時58分に測定した通信速度。多くのMVNOでは下りの速度が出ていないこれは、端的にいえば通信品質にかけるコストが十分でないことに起因しているものです。一般に通信品質にかけるコストが十分でないと、設備面での余裕がなくなり、混雑時に通信品質が低下します。
例えば昼休みなど、利用者がスマートフォンを多用する時間に通信品質の低下が見られることが多いですし、帰省や行楽シーズンに外で通信を行う人が増える期間に影響が生じることや、はたまたOSのアップデート配信直後などにも通信品質の低下が見られることもあります。
もちろんMVNOであっても通信品質面で常に最善を求められます。反面、現在多くのMVNOが採用しているビジネスモデルが品質面で既存携帯電話会社と競争をするところにないことも先に書いた通りです。利用者にとっては、大変悩ましい、そして時にいら立たしい問題かと思います。MVNOの中の人としては、もちろん限られた原価構造の中でできる最善を尽くしていき、最後は利用者の皆様の判断に委ねていく、ということになります。
※これは我々が提供する「IIJmio」でも発生している問題です。ここまで、MVNOの中の人の視点でMVNOがなぜ安いのかを説明しました。皆さんの中には、やっぱり安いものには裏がある、と思われた方もいらっしゃるかもしれません。そこには、携帯電話市場に変化を起こしつつ、どのポジションでの成長に賭けていくかを考えているMVNOの戦略があります。
最初はWeb通販スタイルだったMVNOが徐々に実店舗という舞台に踏み出しているように、ユーザーサポートや通信品質についても、試行錯誤しながら利用者のニーズとコストのベストバランスを追い求めることが、MVNOに今後求められていくことだと考えています。
佐々木 太志
株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) ネットワーク本部 技術企画室 担当課長
2000年IIJ入社、以来ネットワークサービスの運用、開発、企画に従事。特に2007年にIIJのMVNO事業の立ち上げに参加し、以来法人向け、個人向けMVNOサービスを主に担当する。またIIJmioの公式Twitterアカウント@iijmioの中の人でもある。
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