「いい夫」だったのに…スマホに数百枚の盗撮写真「目の前が真っ暗に」 日本は“盗撮大国”、加害者に多い「大卒のごく普通の会社員」が求めるスリルと支配欲
「目の前が真っ暗になりました。問いただすと、最初こそ否定したものの夫は盗撮を認め、土下座しました。その場で画像は全削除させましたが、今でもその記憶は脳裏にこびりついています。夫は家事も育児も積極的に参加するし、仕事も順調です。盗撮さえしなければ、本当に“いい夫”だったのに……」
大卒のごく普通のサラリーマンが盗撮加害者
盗撮被害が後を絶たない。
今年4月には国会議事堂内のトイレで盗撮事件が発生。後日、経産省職員が逮捕された。8月にはあろうことか警察官も……。「紀州のドン・ファン」事件を担当していた和歌山県警捜査1課の巡査部長(当時35)は、事件の捜査で東京への出張中に女性をスマホで盗撮。気づいた女性ともみ合いになり転倒させてケガを負わせてしまった。巡査部長は書類送検されている。
「盗撮のニュースは連日のように報じられていますが、これらはあくまでも氷山の一角です。警視庁のデータでは、'10年の盗撮事件の検挙件数は1741件でしたが、'19年に3953件に。つまり10年で倍増しています。さらに被害者は撮られても気づかず、被害が届けられないため、実際の数はさらに多いと考えられます」
そう語るのは、依存症治療に詳しい精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん。斉藤さんが勤める神奈川県鎌倉市にある大船榎本クリニックは、「性依存症」として盗撮や痴漢加害者の治療に長年取り組んできた。
「当クリニックで性依存症と診断された患者の内訳を見ると盗撮加害者は痴漢の次に多い。盗撮は“痴漢と並ぶ国内の2大性犯罪”と言っても過言ではない」(斉藤さん、以下同)
同クリニックでは'06年5月から'20年3月にかけて、窃視障害(盗撮・のぞき)と診断された521人の患者に対する調査を実施。すると次のような加害者像が浮かび上がってきた。
「加害者にもっとも多いのは『大卒のごく普通のサラリーマン』。また、配偶者がいる人が約5割を占めています」
さらに驚くべきは、盗撮加害者が若年化していること。
「盗撮を始めた年齢は10〜20代が全体の7割、平均21・8歳でした」
冒頭の美咲さんの夫のように、普通の人の裏の顔が盗撮加害者というケースがほとんどなのだ。
では、盗撮事件が起きやすい場所と手口はどうか。
「駅構内の階段やエスカレーター、電車内は盗撮多発スポットです。警察庁生活安全局の資料によれば、令和元年にはこれらの場所での盗撮被害は全体の3割を占めています」
盗撮といえばペンや靴、カバンなどに仕込んだ超小型カメラでの撮影を想像しがちだが、実際には『スマホ』が使われるケースが圧倒的に多い。同クリニックで治療中の盗撮加害者でもスマホが69%、うち9割は、撮影時にシャッター音が鳴らない『無音アプリ』を使用して犯行に及んだことが明らかになった。
駅構内のエスカレーターで、女性に気づかれないようにスマホでスカートの中を盗撮する──。これがデータからあぶり出された盗撮加害者の常とう手段といえるだろう。
日々のストレスを盗撮で解消
女性からすると、「そもそもなぜ盗撮をするのか?」と首をひねるだろう。
「盗撮軽視の興味本位からという動機がもっとも多いです。最初は、ごく軽い気持ちで自己使用(マスターベーション)のためにやったのに徐々に目的が変化していきます。盗撮前には、周囲にバレないかと緊張していたものの、実際にはスマホでいとも簡単に撮れてしまうとします。その際、加害者は達成感や優越感、スリルを味わいそれがやみつきになり、『盗撮のための盗撮』にハマっていくのです。やがて盗撮自体が目的となって、撮った画像を確認すらしなくなる人もいるんです」
さらに厄介なのは、盗撮が単なる高揚感だけに終わらないことだ。次に紹介するのは、かつて斉藤さんが治療した加害者が語った言葉だ。
『盗撮とは、相手に気づかれないように、日記を盗み見る行為なんです。その優越感は、日常生活では絶対に味わえないですから。そして画像や動画を保存することで、支配欲や所有欲が満たされるのです』
「彼らは劣等感、孤独感、傷ついた自尊感情や満たされない承認欲求など、日々のストレスを盗撮という性犯罪で解消しようとしているんです。
残念ながら一部の男性の中には不適切なストレス対処法として、女性を支配したり、モノのように扱う、性的に貶めるという手段を使う傾向が強く見られる。その背景には、女性を下に見る男尊女卑的な価値観が横たわっています」
自分のストレス解消のために、女だからと八つ当たりする。これは8月に起きた小田急線刺傷事件でも見られた。
加害者の「幸せそうな女性を見ると殺してやりたいと思っていた」という供述に表れていたミソジニー(女性嫌悪)ともつながるのだ。
「加害者には、“ミニスカートをはいているのは盗撮をしてほしいと言っているようなものだ”などの認知の歪みがうかがえます。“盗撮は根暗な変態がするもの”と言う人もいますが、そうではありません。むしろ女性をモノのように扱う一部の男性が持つ価値観は、社会に蔓延しているセクハラやパワハラと根っこは変わらない」
盗撮加害者になりうる危うさは誰もが秘めているのだ。
未成年による盗撮は逮捕されることも
さらには接客中の風俗嬢を狙った盗撮も相次いでいる。
今年6月に立川市内のホテルで風俗店勤務の女性(31)が19歳少年に殺害された。
被害者女性は加害少年が部屋にカメラを持ち込んでいたことに気がつき、トラブルになった、とも報じられている。
この加害少年のように未成年の子どもが盗撮をするケースも少なからずある。
「母親にとっては息子が性犯罪の加害者になるとは、まさに青天の霹靂(へきれき)です。“まさかうちの子が……”という驚きとともに、周囲からも“親の育て方が悪かったんだろう”“親の顔を見てみたい”など心無い言葉を浴びせられます。しかし専門家からすると、親の育て方と加害者の問題行動には直接的な相関関係を示すエビデンスは皆無です。けれど特に母親は、“私の育て方が悪かったから”という子育て自己責任論によって追い詰められ、誰にも相談できずに苦悩します」
同クリニックでは、「妻の会」をはじめとする加害者家族の支援にも取り組んでいる。
「“うちの子は手のかからないいい子でした”と言う親御さんもいますが、実はそれはあくまで親にとっての『いい子』。子どもは自分の欲求や欲望を巧妙に隠しながら、親の期待を先取りしてニコニコとした仮面をかぶっていたというパターンもあります」
過去に、検事として盗撮加害者を取り調べた経験のある高橋麻理弁護士は、語る。
「盗撮をすれば未成年とはいえ、14歳以上になると刑事責任を負う可能性はあります」
事実、盗撮をした疑いで高校生が逮捕された事例もある。
「成人の場合は刑事処罰が科せられる可能性がありますが、少年法の下では、少年更生のために必要な手続きが進められることになります。未成年者の場合、当人も、善悪の判断がついていないことも考えられます。大人たちは処罰をする前に、『悪ふざけの先』にどういう危険があるのか、子どもたちにモラルを教える必要がありますよね」(高橋弁護士)
また子どもから盗撮の被害を相談された際、大人が心得るべきことがある。
「盗撮の被害者はその後も“SNSにアップされたらどうしよう”など、不特定多数に晒される不安にさいなまれます。人によっては駅を利用できない、電車に乗れなくなるなど、日常生活が脅かされることも。相談を受けた人の“そんな短いスカートをはいているせいだ”と被害者の服装を注意したり、“触られたわけじゃあるまいし”など軽視する言動は、二次被害につながります」(前出の斉藤さん)
性犯罪にもかかわらず、軽く扱われがちな背景には法整備の問題もある。
「現在、盗撮罪という法律はありません。取り締まるのは、各都道府県が制定する迷惑防止条例だけ。つまり全国で統一した基準がないので、塾のトイレや会社の更衣室など、『公共の場所』以外での盗撮行為は、処罰できる県とできない県があるのです。銭湯などでの盗撮行為は、軽犯罪法が適用できる場合もありますが、『30日未満の拘留か、1万円未満の科料』と極めて罪が軽い」(高橋弁護士)
盗撮で加害者を起訴することは一筋縄ではいかないもどかしい現状。だが、泣き寝入りしないための策もある。高橋弁護士は述べる。
「盗撮は常習性が高い性犯罪。被害届を出すことで、後に加害者がまたどこかで盗撮をして捕まったとき、加害者のスマホに残っていた画像と提出しておいた届けが結びつき、立件につながるかもしれません。犯人が証拠隠滅を図っても、警察側がデータを復元することもありますよ。最近では、ようやく法制審議会でも『撮影罪』という名称で、盗撮を取り締まる法律を作る動きが出てきましたが慎重な議論は必要ですね。現状の迷惑防止条例でも、適切に運用すれば一定の抑止力にもなるとも考えられます」
現在の日本は盗撮大国とも言われている。
「被害を防ぐためには、日常から誰かを無断で撮影することが、どう他者に影響を及ぼすか、より自覚することです」(斉藤さん)
ある日突然、夫や息子が盗撮で捕まり、加害者家族になる可能性も。スマホで簡単に撮影できる便利さの背後には、危うさが秘められている現状を改めて考え直したい。
お話を聞いたのは…精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤章佳さん榎本クリニックにて依存症問題に携わる。著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)など
弁護士 高橋麻理さんAuthense法律事務所所属。検察官として殺人、詐欺、性犯罪事件など刑事事件の捜査、公判に携わった。退官後、弁護士に。刑事事件、離婚等家事事件等を担当《取材・文/アケミン》