この小さい鏡ならダークマターを検知できるかもしれない
気の遠くなるほど広大な宇宙から、気の遠くなるほど極小の物質を探し出す試み。
私たちの宇宙のほぼ4分の1は、ダークマターという謎の物質に占められていると考えられています。ダークマター(暗黒物質とも)は電磁波を放出しないため、人が直接観測することはできません。未知の素粒子によって構成されているとも考えられていますが、その物質が検出された例はまだありません。
ダークマターの正体を突き止めるべく、これまで世界中でさまざまな実験が行なわれてきました。たとえばイタリアの「XENON 1T」という実験は、文字通り1トン分の液体キセノンを満たしたタンクをグラン・サッソ山の地下奥深くに埋め、ひたすらダークマターらしき挙動を待ち受けています。
このように、ダークマターを検出するには非常にスケールの大きい装置が使われてきたのが常でした。しかし、このたび米デラウェア大学で極小のダークマター検出装置が開発されたそうです。最新の装置は窒化ケイ素の膜とベリリウムの鏡でできていて、大きさは硬貨ほどしかなく、薄さなんと100nm(0.00001cm)。安価かつスケーラブルなので、量産できるし、それだけたくさん実験を行なうことが可能になるかもしれません。
ダークフォトンを求めて
新しい検出装置を開発したのはデラウェア大のSwati Singh助教率いる量子光学研究チームです。昨年4月に学術誌『Physical Review Letters』上で発表した理論研究をベースに、今度は理論だけでなく装置のプロトタイプも作り出しているところがミソ。今年2月に同誌上で論文が発表されたばかりです。
その最新の研究によりますと、開発されたのは光学機械装置の一種で、既存の検出装置ではすくい上げられなかったほど細かい粒子も検出できるはずなのだとか。その仕組みですが、窒化ケイ素の膜とベリリウムの鏡は光学キャビティを形成していて、光を中に閉じ込めることができます。閉じ込められた光が共振する際、窒化ケイ素はバリオンに、ベリリウムはレプトンの電荷に相応してゆがみます。もしこのゆがみが現在の物理学では説明できない測定値だったとしたら、それこそダークマターのしわざかもしれない、とのこと。ですから、この鏡を音叉のように使って様々な周波数の光を「聴く」ことで、ダークマターらしき挙動を検出できるかもしれないと研究者たちは考えているそうです。
でも、一体どんなダークマターを探しているんでしょうか?論文の筆頭著者、Jack Manleyさんによれば、お目当ては「ダークフォトン(暗黒光子)」。まだ発見されていない理論上の粒子です。
「光子と同じく、ダークフォトンにも電磁場が備わっています。しかし光子と違って質量を持っているとも考えられているため、ダークマターを構成する粒子の候補として名が上がっているのです」とManleyさんは話しています。
また、論文の共著者であるSwati Singh教授はこのように説明しています。
論文では、ManleyさんとSinghさんたちはベリリウムの鏡以外にも様々な理論的な手法を用いてダークフォトンを検出する方法を考察しています。
ダークマターの候補たち
そもそもなぜ見えないものがあるはずだと考えられるんでしょうか? それは、重力の観測結果などから、宇宙には人間の目に見えている物質よりもはるかに多い物質が存在していると考えられるから。
太陽系だと、太陽から遠い星ほど公転周期が長くゆっくり回っていますよね。しかし、たとえば渦巻銀河の円盤上にある星やガスは、円盤のどこに位置していようと回転する速度は同じです。いわばメリーゴーランドです。このことから、渦巻銀河全体を同じ土台でガッチリと固めているような物質の存在が考えられるんです。その物質の重力が円盤の外側にある星やガスを引っぱり、回転速度を一定に保っているとしか説明できないからです。
ダークフォトンのほかにもいくつかダークマターの候補が上がっていて、そのうちアクシオンは比較的有名です。最近では、中性子星の核にアクシオンが存在しているかもしれないとする論文も。ほかにも、ニュートラリーノを筆頭とするWIMP(Weakly Interacting Massive Particle:ウィンプ)という仮説上の粒子もあります。さらには、原始ブラックホールと呼ばれる小さな天体がダークマターの正体なんじゃないかっていう仮説まで提唱されています。
このように多岐に渡るダークマター候補は、それぞれの特徴に応じて探し方も異なります。Singhさんたちが探しているダークフォトンの場合、重要となってくるのは「どこにあるか」ではなく、「どれほどの密度で存在しているか」なのだそう。ダークマターの密度に関して諸説がある中、Singhさんは地球に匹敵する物質に対して存在しているダークフォトンは「リスほど」しかないと考えているそうです。なので、ダークフォトンを検出する上で重要になってくるのは、このリスほどしかないダークフォトンの質量が地球サイズの質量の中に均等に存在しているかどうか。しかも、ダークフォトンの存在している密度が低いだけでなく、人間には検出できないぐらい細かい粒子だと考えられているのですから、前途は多難です。
設置がむずかしい
というわけでSinghさんたちが開発した極小サイズのダークマター検出装置の今後の活躍が期待されるわけですが、ひとつだけ難点が。装置自体は容易に製作できる反面、設置がややこしいそうなのです。
論文の概要には「机上に設置できる」との説明がありますが、この場合の「机」は光学テーブルを意味しているとのこと。論文共著者・アリゾナ大学助教のDalziel Wilsonさんの説明では、
徐震されればされるほど、すなわち自由落下状態に近づけば近づくほど、検出装置の精度は上がります。ただ、Wilsonさんたちがふたつの論文を通して提案しているのは、今のところ具体的な実験方法ではなく精密な検出装置の新しい可能性について。「5年後ぐらいには実際に検出機をテストできる段階に進んでいると思います」とSinghさんは話しています。
そうなったら、果たしてこの極小の鏡にダークマターの片鱗を映し出せるのでしょうか? 映し出せなかったとしても、ダークマターじゃないってことがわかっただけでも大きな進展になります。なにしろ相手は人間にはまったく感知できないモノ。否定していくことで候補を絞っていくしか手はありません。
Image: ESAReference: Physical Review Letters (1,2), 天文学辞典